収容所(ラーゲリ)から来た遺書
今日のおすすめは、辺見じゅん『収容所から来た遺書』(文春文庫)です。
敗戦後、ソ連の俘虜となり、さらには戦犯とされて
9年のシベリア抑留の末に病死した山本幡男氏の遺書が
遺族に届けられるまでを描いています。
大学でロシア語を学び、ロシア贔屓であった山本氏は
ソ連の国内法で不当に戦犯とされた他の同胞とともに、
過酷な労働を強いられます。
誰もが打ちひしがれる中で、山本氏は国際情勢の把握に努め、
傍ら句会を始めます。
それは「ぼくたちはみんなで帰国するのです。その日まで
美しい日本語を忘れぬようにしたい」という気持ちからでした。
どんなときにも希望を失わず最後まで皆を励まし続けた氏の遺書は
仲間たちの必死の努力によって家族のもとに届けられました。
その中で、子どもたちに向けては
「日本民族こそは将来、東洋、西洋の文化を融合する唯一の媒介者、
東洋のすぐれたる道義の文化--人道主義を以て世界文化再建に寄与し得る
唯一の民族である。この歴史的使命を忘れてはならぬ。
また、君達はどんなに辛い日があろうとも、人類の文化創造に参加し、
人類の幸福を増進するという進歩的な思想を忘れてはならぬ。
偏頗で矯激な思想に迷ってはならぬ。
どこまでも真面目な、人道に基く自由、博愛、幸福、正義の道を進んで呉れ」
とありました。
持ち帰った一人の後藤孝敏氏は、これは新生日本の若者たちへのメッセージと受け取ります。
日本を救うものは共産主義でも資本主義でもないのだという思いが感じられ、
かつて社会主義運動に参加した山本氏のたどり着いた境地に
深い共感を覚えたとあります。
私自身、戦争の悲惨さはわかっているつもりで、
なるべくならこういう本は避けて通りたいと思っていましたが、
一読してそれを恥じました。
人格に優れ、和漢洋の教養に通じ、真に日本のことを考えた
このような俊才をむざむざと殺してしまう戦争の愚かしさを
まだまだわかっていなかったと思いました。
戦争は、ごく一部の武器産業を潤す見返りに
一人ひとりの大事な人生を破壊します。
山本氏には出征時にまだ1歳の末の娘さんがいました。
4人の子どもを抱えて筆舌に尽くしがたい苦労をなさった奥様、
息子の帰りを待ち続けたお母様、
愚かな戦争が払う犠牲はあまりにも大きいと改めて感じました。
今こそ広く、中でも為政者に読まれるべき1冊であると思います。