ふらんす物語
今日のおすすめは、永井荷風著『ふらんす物語』(新潮文庫)です。
豊穣なことばで綴られた美しきフランスの風景、人の物語です。
青年荷風が滞在した当時のフランスは第一次大戦の少し前。
その自然、街並み、女性たち、爛熟の文化を愛した荷風は、
もう見ることのできないそれらを豊かなことばをもって私たちに遺してくれています。
渡仏の前に4年を過ごしたアメリカと比較し、
「フランスの野は何もかも皆女性的で、夜の中に立つ森の沈黙は淋しからぬ暖かい平和を示し、
野や水の静寧は柔い慰撫に満ちているらしく思われた」
「この艶めく優しい景色は折から上る半月の光に、一層の美しさを添え初めた。
ああ故郷を去って以来四年の旅路に、自分は今までこんな美しい景色に接した事はない」
と記しています。
愛するフランスから泣く泣く帰る途中、
通り過ぎたトルコ(土耳古)について書きます。
「自分は土耳古を尊敬している。土耳古はすくなくとも偽善の国ではない。
西洋諸国の仲間入がしたいと云う軽薄な虚栄心にかられて
偽文明の体面をつくろっている偽善の国ではない」
この美しい作品を発禁にする日本は
優れた審美眼を持った荷風には生きにくかったと
ただそれだけを痛ましく感じます。
それでも、荷風のことばは残っています。
見せ物小屋のこどもを描写する筆は
「愛くるしい口の端から頬までをパンの片につけたコンフィチュールだらけにして、
大きい目をぱちぱちさせながらおとなしく母の足許に坐っていた」
と優しいまなざしを感じさせます。
今でも多くの人に読まれつづけることで、
荷風の感性もことばも生き続けることは、
希望であると感じます。
今も魅力的な街並みを残すフランスをお好きな方には
特におすすめしたい一冊です。